2026年3月9日 20時00分
空襲で焼失した東京の市街地(1945年)
「東京大空襲」をかんたん解説
1945年3月10日未明、東京は米軍機の攻撃を受けて、約10万人が犠牲になりました。一夜にしてこれほどの犠牲者が出た軍事作戦は、世界を見渡してもほとんど例がありません。どんな出来事だったのでしょうか。
太平洋戦争末期のこのころ、日本軍の航空戦力はほぼ壊滅しており、米軍による日本空襲が本格化しつつありました。
作戦を転換 標的は軍事基地から市街地に
米軍は当初、視界の良い昼間に爆撃機を飛ばし、軍事基地や軍需工場などを主に狙っていました。しかし、3月10日の東京大空襲では、市民が暮らす街そのものがターゲットにされました。作戦を指揮した米軍のカーチス・ルメイ少将は戦後の回想録で、「(東京大空襲は)近代航空戦史上で画期的なできごとになった」と記しています。
狙われたのは、東京東部の「下町」と呼ばれる地域。マリアナ諸島の基地から飛来した約300機のB29爆撃機が2時間にわたり、33万発、約1700トンの焼夷(しょうい)弾を投下しました。
下町ほぼ壊滅 被害の実態は今も不明
木造家屋がびっしり連なっていた下町は猛火に包まれ、逃げ遅れた人たちが巻き込まれました。強烈な上昇気流が起きて、B29の機体が1500メートル以上も上空に持ち上がった、とのエピソードもあります。
死者は約10万人と言われますが、実態は今も分かっていません。焼失家屋は約27万戸にのぼり、現在の日本橋エリアや墨田区、江東区、台東区など約40平方キロメートルが壊滅しました。
これ以降、名古屋、大阪、神戸へと無差別空襲が広がり、終戦までに国内の多くの都市が焼け野原にされていきます。
無差別空襲:朝日新聞
https://www.asahi.com/special/air-raids-on-japan/
引用元: ・街ごと標的、33万発の焼夷弾 一夜で10万人が殺された東京大空襲 :朝日新聞 [少考さん★]
まず朝日社員を全員焼く
from Tweeter BreakingNews-ツイッ速! https://tweetsoku.news/2026/03/10/33-10-4/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=33-10-4
via IFTTT

