奈良公園のシカ、独自DNA型…2000年前に紀伊半島の祖先から分岐か

奈良公園のシカ、独自DNA型…2000年前に紀伊半島の祖先から分岐か

1: 七波羅探題 ★ 2025/03/13(木) 15:53:07.02 ID:b49BhVuB9
読売新聞
https://www.yomiuri.co.jp/science/20250307-OYT8T50021/
2025/03/13 15:00
https://www.yomiuri.co.jp/media/2025/03/20250307-OYT8I50012-1.jpg

奈良時代の768年(神護景雲2年)に創建したと伝わる春日大社(奈良市)には、神様が鹿に乗ってこの地に入ったという伝説が残る。その子孫とされる奈良のシカは「 神鹿しんろく 」と呼ばれ、代々敬われてきた。そのルーツを、科学と文化史の両面から探る研究が進んでいる。

平城京を鎮護するために鹿島神宮(茨城県)より神様が白い鹿に乗って来られた――。中世の春日大社の社伝などにある記述だ。

この地では古来シカは神の使いとされ、手厚く保護された。第2次世界大戦を経て一時激減したが、現在は境内や奈良公園などに1325頭の野生のニホンジカが生息し、観光客の人気になっている。

近年、そのルーツを探る上で重要な発見があった。

神戸女学院大の高木俊人専任講師と福島大の兼子伸吾准教授らが、奈良県や和歌山県など紀伊半島に生息するニホンジカ294頭から血液などを集め、母から子に伝わる細胞内の「ミトコンドリアDNA」の遺伝子などを調べた。

その結果、紀伊半島のニホンジカには18のDNA型があり、奈良公園のシカだけが独自の型「S4」を持つことがわかった。他の半島内のシカでS4は確認できなかった。

研究チームの別の分析では、紀伊半島のニホンジカは大きく「奈良公園」「東部」「西部」の三つの遺伝的集団に分かれる。そこで三つの集団の起源になった「祖先集団」の遺伝子の構成を推定し、現在の遺伝子構成に変化するのに必要な時間を逆算した。

シカ1世代の期間を4年として計算すると、奈良公園のシカと他集団の交流が途絶え、分岐が始まったのは2000~1000年前と判明した。シカの 糞ふん を餌とする昆虫「オオセンチコガネ」が近い年代で分岐したという京都大の研究もあり、今回の結果と符合している。奈良公園のシカは紀伊半島でも遺伝的に独自性の高い集団と言える。

分岐はどういった原因で生じたのか。この変化が起きるために必要なシカの世代数を中心的な傾向を示す「中央値」から推定すると、491世代になった。約2000年前の弥生時代に当たり、紀伊半島北部で稲作が広がり人口が増え、大きな集落ができた時期だ。その後、人里に近い紀伊半島の生息域は、狩猟や開発で分断・縮小され、人の手による神鹿の保護も始まっていく。

江戸時代には現奈良公園の周辺などに「鹿垣」という柵が設置され、シカが外に出ないようにした。春日大社のある春日山より東に生息するシカは神鹿として扱われなかったとも考えられるという。高木専任講師は「神鹿が保護された一方で、周囲のシカ集団が消滅し、独自の遺伝子が残ったのだろう」と話す。

奈良のシカが今、独自性を失いつつあるという。奈良県はシカの生息域を奈良公園を中心とした「重点保護」のほか、「保護」「緩衝」「管理」の4地区に区分している。チームは糞などからS4のDNA型を持つシカの生息範囲を調べた。

その結果、重点保護と保護の地区内はS4を持つシカだけだが、離れるほど他のDNA型のシカが混在し、S4を持つシカは保護地区の10キロ・メートル以上外でも見つかった。

1957年に「奈良のシカ」が国の天然記念物に指定されると、生息域が古来保護されてきた春日大社周辺から当時の奈良市一円に広がった。現在、この地域では奈良公園と外部から入ったシカが入り交じる状況になっている。

兼子准教授は「遺伝子が交配することは自然の営みで、科学的に善しあしは判断できない」としつつ、「1000年以上独自性を保った奈良のシカを維持するか、変えるかは人間次第だ。私たちは奈良のシカの歴史上、分岐点にいるのかもしれない」と話す。(加藤遼也)

■人との関わりの中で生まれた文化
万葉集には、春日大社の創建以前から野生のシカの生息を示す和歌が残る。シカと信仰を結びつけた記述は、古くは平安時代の藤原行成の日記「権記」にもみられる。

古代からシカは信仰の対象として敬われていた。奈良のシカの研究を続ける北海道大の立沢史郎特任助教(保全生態学)は「特別な遺伝子が残ったのは、人による保護の結果と考えるべきだ。独自の遺伝子を維持しているから神鹿なのではなく、人との関わりの中で生まれた文化が神鹿だ」と話す。

では、人は神鹿にどんな神秘性を見ていたのか。立沢氏によると、シカは朝と夕に草を食べるため、森から草原に出る「日周行動」を繰り返すという。立沢氏は「古代の人々は、禁足地である春日の森と草原を往来するシカ本来の習性に、神使としての姿を重ねたのではないか。その環境を維持してきた春日の森との一体性こそが『神鹿』たるゆえんだ」と話している。

引用元: ・奈良公園のシカ、独自DNA型…2000年前に紀伊半島の祖先から分岐か [七波羅探題★]

2: 名無しどんぶらこ 2025/03/13(木) 15:54:59.19 ID:JL2SCTTw0
永遠と近親相姦してんのか?

3: 名無しどんぶらこ 2025/03/13(木) 15:57:03.78 ID:V8zpXqpw0
いつものほのぼのシーン
no title

4: 名無しどんぶらこ 2025/03/13(木) 15:57:21.50 ID:j6gWUkEb0
遺伝子劣化しないんだな

5: 名無しどんぶらこ 2025/03/13(木) 15:58:14.84 ID:IfI+rY3W0
へずまりゅうが↓

6: 名無しどんぶらこ 2025/03/13(木) 15:59:20.02 ID:mkDe1bgw0
神鹿たるゆえんだとか理屈はいい
何かしらで将来その系譜に疑問符が付いたら対応できなくなる

そんなことはどうでもいいからありがたく接すれば良い

The post 奈良公園のシカ、独自DNA型…2000年前に紀伊半島の祖先から分岐か first appeared on TweeterBreakingNews-ツイッ速!.

続きを見る