【暮らし】「5分の遅延で車掌がおわびする」のは日本だけ…アフリカ帰りの日本人が実感した「東京の生きづらさ」の正体
【暮らし】「5分の遅延で車掌がおわびする」のは日本だけ…アフリカ帰りの日本人が実感した「東京の生きづらさ」の正体
一方、ウガンダでは不確実性が日常の一部となっている。
渋滞や停電は珍しくなく、予定通りに進まないことが前提の文化が根付いている。そのため、時間管理も日本ほど厳密ではなく、生活の中に自然と「余白」が生まれる。
この「余白」がもたらす柔軟さは、現地の人々の態度や生活に色濃く表れている。
例えば、突然停電が起きても、それを嘆くのではなく、ランプやろうそくを灯し、家族や近所の人々と語らう時間に変えてしまう。
このような柔軟さが、私には心地よく感じられる。
「アフリカンタイム」という言葉が示すように、時間に追われず自然体でいられるリズムが、私にはしっくりと馴染むのだ。
不確実性がもたらす「余白」は、単なる時間の浪費ではなく、心にゆとりをもたらす大切な要素だと感じている。
もちろん、ウガンダでの生活には不便さも多い。
停電や断水が起きれば、それが現地の人々にとっても負担となるのは間違いない。
それでも、この「余白」は単なる不便さにとどまらず、人間らしい豊かさを取り戻すための鍵ではないだろうか。
東京の便利さには効率性や安心・安定という恩恵がある一方で、柔軟さが失われがちだ。
対照的に、ウガンダでは「余白」が心にゆとりをもたらし、人と人との絆を深めたり、予期せぬ出来事を楽しむ余裕を生んだりしている。
この違いこそが、私にとっての「生きやすさ」を大きく左右している。
ウガンダでの生活を通じて学んだのは、「余白」が人間らしい生活に不可欠だということだ。効率性が重視される社会は、私たちを機械のように効率的な存在へと近づける一方で、「余白」のある生活は、心のゆとりと人間らしさを取り戻してくれる。
詳しくはこちら
https://news.yahoo.co.jp/articles/7acbf09e790bb2ee338a31fed985cc0bb9e0974d
引用元: ・【暮らし】「5分の遅延で車掌がおわびする」のは日本だけ…アフリカ帰りの日本人が実感した「東京の生きづらさ」の正体
来た電車乗れってスタンスだから
郷に入れば郷に従え
住めば都、慣れろ
人間らしさとは無関係。
なんでもかんでもキッチリやるのが正義と勘違いしてる日本特有の息苦しさが少子化を加速させてる
子どもをキッチリ育てなきゃダメ、なんて言ったら誰も産まねぇよ
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