【京都】天皇家の御寺で人骨、後醍醐天皇や北条政子に授戒した泉涌寺創建の僧・俊☆か…解体修理に伴う発掘調査で出土した壺の中から発見
出土した蔵骨器(京都市東山区で)
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天皇家の御寺として知られる泉涌寺(京都市東山区)は26日、境内の「開山堂」の解体修理に伴う発掘調査で人骨が見つかったと発表した。中国の宋風仏教を導入したとされる鎌倉時代の僧侶で、寺の開祖・俊じょうの遺骨の可能性が高いという。
調査は昨年8月~今月に実施。開山堂には石塔があり、レーダー探査で反応があった地下を掘り返すと、14世紀前半ごろの中国産のつぼ(高さ33センチ)が見つかった。入っていた骨を科学分析した結果、ほぼ全身の土葬骨と少量の火葬骨と分かった。
調査した滋賀県立大の佐藤亜聖教授(考古学)は「泉涌寺の長い歴史と俊じょう律師についてより具体的に知ることができる史料が得られた」と話した。
9/26(金) 18:27配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/4bd5d52b6f450b2410d2cf13e7e377290624e762
皇室ゆかりの泉涌寺(京都市東山区)の発掘調査で、寺を創建した鎌倉時代の僧侶・俊ジョウ(1166~1227年)のものとみられる人骨など、複数人の骨を納めた蔵骨器(壺)が見つかったと、寺や元興寺文化財研究所(奈良市)などが26日、発表した。(畝河内星麗)
俊ジョウは現在の熊本生まれ。仏教の戒律復興のため中国・宋で学び、天皇らの援助を受けて1226年、寺の 伽藍(がらん)を造営した。後鳥羽天皇や北条政子らも俊ジョウから受戒したという。寺では鎌倉時代から江戸末期まで多くの天皇の葬儀が営まれ、「御寺(みてら)」とも呼ばれる。
調査は、来年の俊ジョウ800年遠忌(おんき)に向けた開山堂(重要文化財)の修復に伴う事業の一環。俊ジョウの墓所とされる開山堂下の地中から、14世紀頃の中国製とみられる壺(口径8センチ、高さ33センチ)が出土し、中から複数人の骨が見つかった。
分析から1人分はほぼ全身の骨が残り、壺に納めるよりも前、別の場所に土葬されていた骨を改葬したものだとわかった。俊ジョウの埋葬方法を記した史料などを基に、俊ジョウの骨である可能性が高いと判断した。壺にあった他の骨は火葬された骨の一部で量が少なく、弟子やつながりの深い人物の骨と考えられるという。
(省略)
骨の年代測定は今後も調査を進めるといい、調査団長の佐藤亜聖・滋賀県立大教授(考古学)は「日本の仏教に大きく影響を与えた俊ジョウの生涯について、全く新しい資料を得られた」とし、同寺の上村貞郎長老は「節目の年を前に、この日を迎えられたことをうれしく思う」と喜んだ。
9/28(日) 15:44配信
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引用元: ・【京都】天皇家の御寺で人骨、後醍醐天皇や北条政子に授戒した泉涌寺創建の僧・俊☆か…解体修理に伴う発掘調査で出土した壺の中から発見 [樽悶★]
泉涌寺いいお寺だよな
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