【独占手記】ソフトバンク・上沢直之が「移籍の真相」初激白「イップス発症」「ホークスはそんな僕に複数年契約を」…批判に怯えた妻
「ホークスに来てくれてありがとう」。今春、宮崎でそう声をかけてくださった方々に優勝を届けられて本当によかった。
今シーズンは僕にとって人生をかけた戦いだった。ちょうど1年前にボストンから帰国した時、右肘を伸ばすことができなかった。アメリカでは自分の実力不足もあったが、普通に投げることすらできず、選手生命の終わりを悟るような状態だった。自分の体のことを一番知っているのは自分。状況を立て直すために、向こうでもう1年やるよりも慣れ親しんだ日本球界に戻ることを選択した。
生活拠点だった北海道に戻り、まずはヒジの回復に努めた。帰国前の去年8月、僕はアメリカ視察中の日本ハム・吉村チーム統括本部長にオフの相談をさせてもらっていた。冬の道内で練習場所の確保は思いのほか難しい。ファイターズの合宿所、室内練習場の利用を快く応じていただいたことは本当にありがたかった。
僕は日本ハムからポスティング移籍で海を渡った。まずはファイターズに帰ろう、戻りたいという意思があった。オファーはホークスを含めて複数球団。当時の僕の状態を冷静に見れば、ファイターズの条件提示は妥当だとも思えた。ただ、ホークスはそんな僕に複数年契約を提示してくれた。
当時の状態は周りが思っている以上に悪く、本当にめちゃくちゃな状態だった。誰にも言っていないが、実はアメリカで「イップス」になった。違う国、向こうの野球に適用しようとしてワケが分からなくなって、ストレートが投げられなくなった。ヒジを壊す前、去年6月ごろに発症。投げた行き先が分からない、捕手が手を伸ばしても取れないほどのボール、投げる前にゾワゾワしてくる感じ…。今春キャンプのブルペン投球で野手の方が打席に入ることをお断りしたのも、春先に変化球の割合が多かったのも、それが理由だ。
イップスを克服できず、辞める人も多い。これを1年で治せるのかという不安がどうしても拭えなかった。ホークスは優勝するために来てほしいという熱意と、長い契約年数を提示してくれた。この1年を振り返ってみて、ここまで投げられる状態に戻せた一番の要因は「安心感」だったと思う。
当時は、投手として終わりを迎えるような状態。過度な不安や焦りで悪循環に陥らずに済んだのは、ホークスの条件が1年前の自分には合っていたからだと思う。あとはチーム状況を見た時に、ホークスは石川(柊太)さんがFA移籍することになった。こうした事情を考慮しても、僕がフィットするべき場所はホークスなんじゃないかと感じた。
覚悟して、僕はホークスに来た。自分が言われる分は仕方がない、そういう決断をしたと思っている。一番つらかったのは、家族に怖い思いをさせてしまったこと。意図せず目に入るネットなどの書き込みを見て「外に出るのが怖い」「危害を加えられるかもしれない」という不安な気持ちを聞いた時は、すごくつらかった。
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https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/361169?page=1
引用元: ・【独占手記】ソフトバンク・上沢直之が「移籍の真相」初激白「イップス発症」「ホークスはそんな僕に複数年契約を」…批判に怯えた妻 [ネギうどん★]
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